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花非花

たくさんいる人の中でもその人だけが私にだけ目立って見える。
それだけでもう十分なのでは、とちかごろ思い始めている。
どうやったらもっとお互いの引力だけでこの世界が回るだろうか。
その時、すべての引力の中心は私かあなただと思っていいのだと思う。
私はいつもまじめにそう信じているのデス。


インターネットっていうものが生活の中に入ってきて
すごいことが起こるなーって思ってたけどそうでもなかったよね、と残念がる友達と、
それでも、見つけた時、お互いにわかって、いつの間にかとっても仲良しになれたりする
人間同士の不思議なつながりっていうのが確かにあってやっぱりすごいって話をしていた。

その日、フイルターみたいな機能を持つのは人間の言葉の語彙なのかな?と話していたけど
やっぱり違うのかもしれない、本当はむしろ意味の方なのではないか、ってひとり思い直していた。
意味というのは単純な話ではなくて、それなりに鍛えた洞察力があれば、
言葉からちゃんとその人自身にたどり着けるものみたいで、一筋縄じゃなくて難しいけど、
嘘や矛盾や不器用さも掻い潜ってちゃんと目の前のヒトを描けるみたいです。
だから意味という言葉は、現実を引き伸ばしただけの薄味の言葉群ではなくて、真実という意味です。


ほんの短い春の夢のような時間と、
その延長線にとてもあるとは思えないような厳しい時間があったりする中で
私たちは現実を取り込んで多種多様の変態を遂げる、自然の一部みたいに。
せっかくなら、というノリで、この世界の全てをそのまま写しとったような命の形になるのはどうだろうか?
生まれや血を完全に否定する、とか、どこまで遠くへ行けるか試してみる、とか、
感情や感覚をさばいたりコントロールしたりしないでただ味わうとか、
それってすっごくわくわくすることだと私は思うのだけど、あなたはどう思いますか?



その日、急に雨が降ればいいのになーと考えていた。
自分の境目を失う感覚になれればもっとよく世界を知れるかもしれない。
このあいだの台風の夜こっそりベランダに出てひとり雨に当たってみた、
雨に濡れるのが好きだったことを思い出してあの感覚を確かめたかったから。


境目を失うことと、自分自身になることは同じことみたいに感じる。

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This Post Has 2 Comments
  1. 「自分の境目を失う感覚」
    面白い言い方だね

    僕も雨に濡れるのが好きで、というか傘をさすのが嫌いで(持っているけどささない)、濡れたまま歩いていると、変な人と言われます。

    自分の立ち位置みたいなものでもあるのかな

    1. >yoshi3
      仲間!全然変な人と思わないです。雨に濡れるのが好きな感覚がわかる人でよかった!w
      私はなんだか、不思議な安心感というか、自分の奥の方からふつふつと笑いが起こってくるような、特別な感覚になります★

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