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年越し日記 2014年のおわりに

毎年恒例になりつつある大晦日の年越し日記!
今年も書くぞーと思ってて割と前からどんな内容になるかしらって考えてたんだけど、
最後まで予測不可能で、知っていたはずの物がまるで違って見えたり、
感銘を受けていきなり知見が広がってしまったりと、
さっさとまとめてしまうのがもったいない様な時間を最後まで過ごす事が出来ました★



そんな訳で、今年は、思っていたよりずっと人と出会う年だった様に思うのです。
音楽活動は殆どしなかったし、特別自発的に何かに出会いたいな〜って思って動き回った訳でもなく
どちらかといえば昔の詩人さんみたいに内側の世界を見つめる時間を過ごしていて、
口を閉じて、ひとりで過ごしたり、家であーでもないこーでもないってしていた時間がずっと増えたはずだったのに、
不思議と、知り合って仲良くなって次またあいましょうねと約束できる様な、
自然な引力のあるご縁に恵まれていたのでした。

それってどういう因果で起きているんだろうって分析しようと思ったのだけど、
結局未だなぜかだかは自分では全然わからない。
自分でどうにかしようと足掻いている部分とはまったく関係なく
周りの世界は不規則に動くものだけど、偶然を装って目や耳に飛び込んで来たり、
自分が手放したり選び取ったものは目の前のこと以上の因果性で世界を動かしているのかも!w


去年、私は大きな鏡を手に入れて、自分の全身を収めて良おーく覗き込んでみてみたら
自分って本当にへなちょこでちっぽけで子供じみてて、
遥か遠くまで見渡せたと同時に広がってしまった世界を、自由に泳ぎ回って生きるには
これからどれだけがんばればいいのだろうか・・なんて思い詰めて鏡の中で溺れてしまわない様に
外の世界からそっと手を差し伸べられた様に感じたのが自分的には面白かった。

そんな人達に、あなたはこうだねぇー、と言われ認められるたびに、
私は新しくなることができて、いまここにいることを確かめられた。
自分がこうやってわけのわからんガラパゴス的な成長をしているように、
会えた人たちもみな同じ様にとってもユニークで面白く感じられた。

そんな別々の人間同士で、お互いの事を話したり、
それぞれの能力で一緒に仕事をしたりできることは、
大げさじゃなくて奇跡みたいにラッキーなことなんだと感じるのです。




そして、こっからは長くなりますけど、割と事務的に自分の課題などをまとめると、
この一年で結構理解が深まった感覚の世界の重要性と面白さについて、
もっと自分より外の世界、言葉などに変えて発信したいってことと、
人間の暮らしを豊かにするのはやはりデザイン(工夫)だということ、
それは、おしゃれさだとかのそういう側面は副次的なもので、
もっと本質的に人の心や暮らしそのものや、未来にも大きく影響を与える
思っているよりずっと影響力のあることなのだということを追求していきたい。

それは、自分から自由になることでもあって、
自分が自分に無意識に制限を作ってしまっている事に気付くことでもあるみたい。
考えた末ではなく、考えるのをやめることでできてしまった制限はどんどん古くなっていく。
デザインの世界はこれからもっと重要になっていくだろうと思うし
もっと適切な言葉がありそうだけどデザインの「地位」が向上すると思う
あと別の側面で言えばテクノロジーが進んでいずれ人間がやることは
そういう合理性とは違う角度でものを考えることしかやる事がなくなりそうw


柔らかい無意識について論文的なものをかくよーって言ってたのに放置してたので、
書いてみようかしらと思い日記を読み返してみたら、
自分言葉のメモばっかりでちゃんとまとめられているのが無い・・・
どうしようかしらと思ったのだけどそのままアップするのもいいなぁなんて思ったり(笑)



(メモのコピペなのであまり纏まってなくてすみませぬ)
(でも良ければ読んでみてほしいです。)
****


ある条件下で認知が感情の影響を受けやすい状態になるということは
この世界をデザインするヒントになると思う
本来人間が現代の様に物質的に生きる前、そんな風に世界を見ていたのではないだろうか

生活に関わるもののかたちが世界共通して決まった物になりつつあって
基準にそった定型ができあがっている中失った感覚というものが
デザインや感情の中にあるのではないだろうか
一度忘れてしまった方がいいものが多すぎるように感じる事がある

右脳的な機能の復活について

これからの世界では感情と創造性が必要となるような気がしてならない
コンピューターの時代になっていけばいくほど
自分が人間としてできることってなんだろうと、別の角度で考える様になった
世界が物質的定型的ではなかったころ人はもっと世界をデザインしていたのでは?
自分がこう見るこう見たいという気持ちを重要に捉えていたのでは?
今だからこそ五感にたよることをもっと思い出す

子供は無意識から引き戻さない育て方がよいっぽい
子供の無意識状態はその期間に言語的ではなく、感覚でより鮮明に膨大な情報量で世界を捉える
できるかぎり意識を植え付ける様な事はせず、意識的な世界に引き戻さなこと

あなたのいう解像度の高い認識とは、誤解を恐れずにこの言葉を使うならトランス状態なのでは
柔らかい無意識が作り上げる、錯覚を含んだゆがみの世界ではないだろうか
現実があるがままのもとを思う様になって、
目は開いているのにちゃんとみることさえなくなったのはいつ頃からか


****
(メモのざっくりコピペ終わりw)


↑なんてことをもうちょっと自分の中で、
もっと固くてくっきりして密度のある意味に精錬していきたいなー。
今一番関心のあることなので、来年もたぶんそんなことを書く様な気がしますw
言葉も行動のひとつだと思うから、まずは2015年を間もなく迎えるこのいい時期に書いてみた!w

はーすっきり〜♪♪(若干無理矢理感がありますけども)
こんなやつですがどうぞ今後とも宜しくお願いいたします!!




来年というか、この冬休みの間にやってみたい事があって、そのサイトをいま製作中で、
うまくいけばまた改めてコチラやSNSでお知らせするので、
今後とも良ければチェックしてやってください^^


ではでは、こんな長い文章を最後まで読んでくださってありがとうございましたww


笑顔と愛情いっぱいの、良い新年をお迎えください★


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chiiibow

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