バージョン 2

as you want

from my first moment you gave me wings
let me fly and believed in my dreams

って小さく歌って、ずっとずっと練習してる。
小さく細く長くビブラートするのは肺活量がないとすっごく大変で、とても練習になる。

来月、声をかけてもらって、出かけて歌う機会ができたので、
youtubeを徘徊して喜んでもらえそうなクリスマスソングを、と考えてたら、
巡り合わせでCharlotte Churchというシンガーを見つけた。

歌う為に特化した独特の猫背、
うっとり半分閉じかけた目と眉のゆったりとしたアーチ、
無駄な動きの一切ない潔く美しいその歌う姿から生まれる声を、すぐ大好きになったのでした。
apple musicでアルバムを全部チェックして、動画もいくつもyoutubeで見ていたら
ふとCharlotte Churchを透かした先に懐かしい友人を思い出し始めている自分に気がついた。

私たちの眷属の多くは、人生の時間を重ねるのと比例して、
その白く発光していたはずの透明な魂を、あまりにも優しく無防備な生き方のせいで
この世のあらゆる全ての色を浴びて黒よりも黒く澱ませては
苦悩をそのまま全身で現したかのような姿に変貌していくように思える。それも急速に。

なんだかね、だんだん何が起きてるかわかってきたんだけど、
でもまだ何もできずに砂が手のひらからこぼれていくように感触が消えないでまだあるんだ。
いつも「死んじゃう、死んじゃう」って焦っても何もできないっていう夢を見る。
それはまるで、陸に上がってしまってただ横たわる魚のために、鼻先ではじいた水をかけ続ける、
哀しい三角形の目をした犬のgif画像と同じかんじでした。

農家をしていたおばあちゃんちの山を、ずっとずっと果てしなく登って行くと、
山頂付近の林の中に突然貯水池が現れて、道がそこで終わっていて、
不思議な色の濁った水と、葉を全て落とした亡霊のような木々が本当に美しくて怖ろしくて、
ちびっこだった私の心に、その景色は圧倒的な死のイメージとして刷り込まれたのでした。

なんどもなんども懲りもせず、水面に手を伸ばして
小さな敗北と勝利を重ねているような気がする。

映画 the lunchboxの最後のシーンで、ムンバイのサラリーマンである主人公役の俳優さんが、
お弁当をただ届けるという仕事に従事するカースト階級の人たちに混ざっているんだけど、
あのシーンはすごいすごいと私が言ってたら、あなたは別に何も感じないといったね。
いつもそうで、そういう瞬間に私は小さな敗北を重ねていく。
自由を知っている人間と、そうじゃない人間というのが並んで映れば一目瞭然と私には思えたけど、
人に言わせれば、私は重く考えすぎで、思い込みがひどく烈しい厨二病のようです。

あらかじめ用意された規格にぴったりと自分の心をはめ込んだら、
面白いことに、そこから見える世界は、自分とそっくり同じ規格サイズで、
人はいつのまにか比べたり残りの時間をただ数えるだけになっていく。
硬化した心は、目を覗けばけっこうわかるものだと思うけど。

そんな話をしたら、あなたはぐにゃっと微笑んで私をまるで小さな子供のように見るけど、
不思議と、こんちくしょうと腹が立たったりしないのは、
誰よりも大きな矛盾を抱えているのが伝わってくるからな気がするのだよ。
今日の私の使う言葉は、もしかしたら悲観的に伝わってしまうかもしれないけど、
実はこれはそっくりそのままひっくり返すことだってできるのさ。
それは、選択はふたつのうちどっちだっていいんだと思っているからです。

自由って、自分自身が大きく大きく拡張して、全部を含むようになっていくことだと思うんだ。
知っていくたびに、自分を作っている枠組みをなくしていくたびに、自由になるんだよ。きっとね。
私はそう信じてる。日に日にそう確信していく日々を過ごしています。

いつにも増して、すいぶんと飛躍した話を説明もなくまた書き込んでいるけど笑
空中にこうやって言葉を投げていると、思わぬ方向から、
言葉と言葉の余白を全て読み取った理解の先にあるお返事が飛んできたりして、
不思議な会話が成り立つのが最近とても面白くて、
実は、人と人のつながりは新しい段階に今きているんじゃないかと思えたりする。

週末は古い大切な友人がくれた、ホテルを選べるというギフトで、
人生3度目くらいの、便乗じゃない形の小さな旅行をしてきます。

きっともっと面白くなれるよ。

バージョン 2

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。