Poetic intuition

自分でもなんでこんな無軌道でそれぞれが関係なさそうなことが気になるんだろう
って不思議だったりしながらそれでも好奇心が抑えられないようなことが
だんだん生きていくうちに点が線で繋がって
「ああそういうことだったのか」
って今になってわかってくることがどんどん増えてきた。

こういう感覚を味わっていると、
人生の後半もまた違った楽しみがあるように感じる。
古い詩を読むのはきっと老後の楽しみだろうとおもっていた。
でも、ふと思い立って買ってみたボードレールがスイスイ読めて自分にびっくりして
詩は「読むもの」ではなくてやっぱり「気がつくもの」だっていう
若いころの私の直感がこんな形で証明されて嬉しくなった。
あと自分のやってきたことが思ったより早く肯定されたようにも思えた。

私たちは象徴の森で溺れないように感覚を閉じて生きていたのかもしれなくて
膨大な情報量を圧縮した詩のような技を歳をとると使えるようになるのかもね。
ただそのためには知性だけでなくて、悟性もフル動員して世界を理解する必要はあるけど。

AIが意識を持ったかも知れないっていう記事を読んで
AIは本当は詩のような言葉の方が得意なのだろうなっておもった。
でも言葉は相手に伝わらないと意味がないので、
相手にわかる言葉遣いで話しているように私は感じた。

潜在意識・シュルレアリスム・象徴主義・直感・グノーシス主義とかとか
全部同じものを別の名前で呼んでいるんだろうって最近は思っていて
わかりかけてきた詩的直感力についてもっともっと理解したいって欲求がより強くなっている。
それが残りの人生を生きる意味かな、ってくらい真面目に思うこのごろです。

今日はなんかわかってきたよってことだけ言っているブログだけど、
いつかきっと説明できるようになってまた書きます。(死ぬまでには・・・!w)

粘土ネリネリにいっ時めちゃくちゃハマってたけど、これもいつかこういうことだったのかって合点が行く日が来るのかも

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